腕時計が好きなら恐らく多くの方が気がつく、「カタログなどに掲載されている写真の腕時計って、ほとんどが10時8分(10時10分前後)にあわせてあるよな......」という腕時計あるある。
さらに秒針がある3針時計の場合は、秒針を「10時8分25秒~40秒」の間くらいにあわせてある写真が各腕時計ブランドのカタログではよく見られます。
私も昔から腕時計のカタログなどを眺めるのが好きだったのでそれには気がついていましたし、多分こういう理由なんだろうなという予想もしていました。
その後、機会があって実際に腕時計のカタログ写真撮影を経験している知人カメラマンさんにも聞いたことがあるのですが、「絶対に正しいと断言はできないけれど」という前提ながら、概ね私が推測していたものと同じ理由が帰ってきたので、あぁやっぱりそうなのねと思った記憶があります。
そこで、ネタ的には今さら感もありますが、カタログに載っている腕時計がなぜ「10時8分」にセットされているのかについて考察してみようと思います。
なぜ「10時8分」なのか考えてみる
まず、腕時計の写真を撮るときに時計の針をどの位置にあわせれば腕時計がバランスよく、きれいに見える可能性が高いかについて、消去法で考えてみましょう。下記のような感じ。
- 腕時計の文字盤は、概ね12時、3時、6時、9時の位置に、ブランドロゴやモデル名表記、デイ/デイト表示やスモールセコンド、クロノグラフの場合は積算計などが配置されることが多い。よって、この位置にはなるべく針を重ねない方がよい
- そうすると空いているのは1時~2時、4時~5時、7時~8時、10時~11時の位置になるが、バランス的には45度刻みになる、2時(少し手前)、4時(少し過ぎ)、8時(少し手前)、10時(少し過ぎ)位置辺りがよい
- また、ちょうどの位置にあわせてしまうと特に分針はインデックスと針が重なってしまう可能性があるので少しずらしたい
- 時針、分針の位置関係でいうと、2つの針が左右対称にバランスよく開いている方がきれい
すると、あわせる時刻としては下記の4つくらいに絞られます。
- 1時50分前後
- 4時40分前後
- 7時20分前後
- 10時10分前後
次に時針、分針が文字盤の上半分にあるか、下半分にあるかと、時針、分針の位置関係ですね。
- もし文字盤の上半分に時針、分針が位置している場合(1時50分前後 or 10時10分前後)、長い分針が右側にある方が右肩上がりになるので躍動感もでる。よって10時10分前後の方がよさげ
- もし文字盤の下半分に時針、分針が位置している場合(4時40分前後 or 7時20分前後)、長い分針が左下側にある方が時針との相対的な位置関係により右肩上がりになるので落ち着きがよい。よって4時40分前後の方がよさげ
これで下記の2択になりました。
- 4時40分前後(もしくは少し開き気味の3時40分過ぎくらいでもバランスはよい。前述の通りインデックスとかぶるので分はちょうどにはせず少しずらす)
- 10時10分前後(こちらも10分ちょうどにしてしまうと長い分針がインデックスにかぶるので、12時と3時のちょうど中間になる8分くらいにあわせるとバランスがよい)
ここまでくると、あとは針が文字盤の上半分にある方がよいか、下半分にある方がよいかになりますが、冒頭に書いた腕時計あるあるを多くの人が感じるくらいですから、少なくとも最近のカタログなどでは文字盤の上半分に針がくる、10時10分前後(10時8分)が圧倒的に多いのだと思います。
試しに手元のカタログを少し調べてみました。
まずはオメガ(Omega)のカタログ(下画像)。「シーマスター アクアテラ GMT」のページですが、見事に10時8分ですね。このモデルの場合、秒針とGMT針があるので、それぞれ時針、分針とは上下で対称となるように配置されています。
次にヴァシュロン・コンスタンタン(Vacheron Constantin)のカタログ(下画像)を見てみると「オーヴァーシーズ・クロノグラフ」も10時8分でした。秒針は8時位置少し手前くらい、分針と直線になるようにしてありますね。
同じヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ・デュアルタイム」のページ(下画像)ですが、こちらも時刻は10時8分(正確には9分ですが)。秒針ですが、このモデルは昼夜表示が7時位置にあるので、恐らくそれとかぶらないように12時位置にしてあります。
ちょっと気になるのは、9時から10時位置にかけて配置されたパワーリザーブ表示と時針がかぶってるところですかね。
次にちょっとレイアウトが異なる腕時計をということで、A.ランゲ&ゾーネ(A. Lange & Söhne)のカタログ(下画像)から「ランゲ 1」を見てみると、こちらは1時50分(正確には1時52分)でした。
恐らく右側にある目立つデイト表示(アウトサイズデイト)とのバランスなどを考えてこうしているんだろうなと思って他のモデルも見てみたのですが、どうもA.ランゲ&ゾーネは1時52分にあわせるのが基本になっているようです。ブランドによってはそういう風に定めているところもあるみたいですね。
理由はわかりませんが、右肩上がりで躍動感があるより、落ち着いた雰囲気を狙っているのかもしれません。
例外といえば、リシャール・ミル(Richard Mille)は少し特殊で、1時25分のように、時針と分針を文字盤の右側に寄せた状態で撮られた写真が多いです(下画像 / 出典:RM 011 - Richard Mille)。もちろん、定番の10時8分もありましたが、文字盤を含めて複雑な装飾を施されることが多いブランドですので、その都度、一番バランスがよい針の位置で撮影しているのでしょう。
さて、ここまではすべて現代といいますか、去年発行のカタログなので新しいものです。では昔のカタログだとどうなんだろうと思ってそれも調べてみました。
まず、まだ腕時計が一般的ではなく、懐中時計が中心だった1908年(日本だと明治41年)に英国、Mappin & Webb(マッピン & ウェッブ)のカタログに掲載された懐中時計(一部は女性向けペンダントウォッチ)のイラスト(下画像 / 出典:腕時計の世紀 - 河村喜代子(著) P20)。
これを見ると、3時40分、あるいは4時40分になっているものが多いですが、そうでないものもあります。
これは私の推測なのですが、懐中時計(あるいは懐中時計を腕時計にコンバートしたもの)はかなり存在感のある大きめのリューズが時計の12時方向にあるため、見た目的に重心が上方向に行きがちです。そこで時針、分針は文字盤の下の方にまとめた方がバランスがよかったのでは? などと思っているのですがどうなんでしょう。
逆に腕時計が一般化するとリューズは3時方向に置かれるのが通常になったため、文字盤の上側に時針、分針をまとめた方がバランスがよく、さらに針は上向きの方が躍動感が出るため、10時8分がスタンダードになったのでは? と思っています。
実際、少し時代を進めて、現在とほぼ同じ形状の腕時計が普及し始める1930年代初頭に印刷されたオメガのカタログ(下画像 / 出典:The Omega Book P39)を見てみると、この頃からすでに10時8分になっているのがわかります。
1970年代初頭の「Life」誌に掲載されたオメガ(下画像 / 出典:The Omega Book P107)。これも10時8分。
クロノグラフ針や秒針を3時位置、もしくは9時位置で止めているのがちょっと変わっていますが、もうこの時代以降になると時針、分針が文字盤の下側にある写真が調べた範囲ではほとんど見当たらなくなってきます(たまに見つけたのは、10時10分位置にちょうどロゴなどがあるといったもので、前述したリシャール・ミルのように少し例外的な感じ)。
ということで、あくまで私の手元にある資料を調べた範囲ではありますが、下記のようなことがわかりました。
- 現代の腕時計カタログに掲載される写真は、10時8分にセットされていることが圧倒的に多い
- 一部ブランドなどでは1時50分などが使われているが、いずれにせよ文字盤の上半分、2時と10時位置に時針、分針が位置するレイアウトが大半を占める
- 懐中時計が一般的だった頃ような、昔の腕時計のカタログ写真(イラスト)では、4時40分前後など、時針、分針が文字盤の下側にまとまる配置が多かった
また、その理由についてはあくまで推測ながらまとめると下記のような感じになります。
- 左右対称に時針、分針が開いているとバランスがよい
- 腕時計は文字盤の上半分に時針、分針がある方が、下半分にあるより躍動感がでる
- そうすると文字盤上のデザインや他の表示とかぶらない10時10分前後 or 1時50分前後に落ち着く
- 長い分針が右側(2時位置)にある方が右肩上がりになって同じく躍動感がでる、よって10時10分が有力
- 10分ちょうどにしてしまうとインデックスと針がかぶってしまう可能性があるので少しずらすと「10時8分」
確かに10時8分にあわせるとバランスが一番よいというのはカタログを見ていてもわかりますので、もしご自身の腕時計コレクションを写真に撮る際などは、10時8分に時刻をあわせて撮ってみると、プロっぽい感じになるかもしれません。