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これが本当の100%スイス製? H.モーザーからケースにスイス産チーズを配合した「スイス マッド ウォッチ」が世界限定1本で登場

スイス マッド ウォッチ

もう冗談で言っているのか本気なのかわかりにくいですが、H.モーザー(H.Moser & Cie.)は、「スイス メイド(Swiss Made)」という言葉が安易に使われすぎている現在の腕時計業界に対する挑戦ともいえる新作を発表し、SIHH 2017において展示しました。

その名も「スイス マッド ウォッチ(Swiss Mad Watch)Ref.8327-1400」。また、このモデルの発表とあわせて、H.モーザーが2017年以降に発表するすべての腕時計から「Swiss Made」という表記を撤廃すると宣言しています。

腕時計における「Swiss made」表記

H.モーザーの今回の主張をより深く理解するため、ここで少しだけ「Swiss made」の表記に関する話を。

ご存じの方も多いかも知れませんが、腕時計における「スイス・メイド(Swiss made)」表記については、1971年に施行された「腕時計における Swiss の名称の使用を規制する法令」によって、その具体的な基準が定められており、その基準を満たした腕時計のみが文字盤等に見られる「Swiss made」の表記を許されています。

実はこの基準がつい先日、2017年1月1日から強化され、より厳しくなったのですが(後述します)、それまでは下記の基準が定められていました。

  • 腕時計に搭載されるムーブメントがスイス製であること
  • ムーブメントの腕時計への組み込み(ケーシング)がスイス国内で行われていること
  • 最終検査が製造者によってスイス国内で行われていること

あわせて「スイス製ムーブメント」の定義としては、

  • 製造コストの50%以上がスイス国内で支払われていること(組み立てにかかる人件費は除く)
  • ムーブメントの組み立てがスイス国内で行われていること
  • 最終検査が製造者によってスイス国内で行われていること

という基準が定められていました。つまり、ムーブメントの部品製造コストの50%をスイス国内で支払い、ムーブメントをスイス国内で組み立て、それをスイス国内でケーシングして検品、出荷すればスイス製を名乗ってよいということになります。

「Swissness(スイスネス)」とは

「Swissness(スイスネス)」というのは、「スイス・メイド(Swiss made)」というブランドの価値を向上させていくと同時に、そのブランド価値を守っていくために行われるスイス国内での一連の活動を指します。

腕時計業界においては前述したように「Swiss made」表記に関する具体的な規定が定められていましたが、その他の工業製品、食料品、サービスなどの分野においてはこのような明確な規定がありませんでした。

そこで「商標および原産地表示の保護に関する連邦法」を改正し、「Swiss made」表記に関する具体的な法令(通称「Swissness(スイスネス)法」)を制定しようという動きが2007年ごろから始まり、スイス連邦議会は2013年6月21日にこの改正法案を採択しました。

この法令では、製品やサービスによって、「スイス・メイド(Swiss made)」を名乗るのに必要な基準が設けられていますが、腕時計などの工業製品においては、「製造コストの少なくとも60%がスイス国内で支払われていること」が求められています。

腕時計業界においても、この法改正に基づき、今まで定めていた基準を新しい法令にあわせる形で強化する必要が生じました。実際に強化された基準は下記のようになっています。

  • 腕時計に搭載されるムーブメントがスイス製であること
    • スイス製ムーブメントはその製造コストの60%以上がスイス国内で支払われていること(組み立てにかかる人件費は除く)
  • ムーブメントの腕時計への組み込み(ケーシング)がスイス国内で行われていること
  • 製造者による最終検査がスイス国内で行われていること
  • 試作品製作をはじめとした技術開発がスイス国内で行われていること

まずムーブメントの部品コストに占めるスイス国内生産の比率が従来の「50%」から「60%」に引き上げられました。また、技術開発においてもスイス国内で行われることが求められています。

これら新基準の強化は、下記の3点を目的に行われています。

  • スイス・メイド表示の長期的な信頼性と、原産国が証明されることによるスイス製の価値を保証すること
  • スイス製の腕時計を購入する際に、高い品質とスイス時計製造における伝統にくわえ、スイスで製造されているという高付加価値が含まれていることを期待している消費者の満足度を保証すること
  • 不正使用取り締まりの効率を高めるため、法律をさらに具体化すること

さて、ここまで聞けば、「スイス・メイド(Swiss made)」を名乗るにはかなり高いハードルを越えなければならないですし、基準もより強化されているのだからよいのでは? と思うのですが、以前から「スイス・メイド」の規定強化を目指していたスイス時計協会(FH)は、改正された法令よりもさらに厳しい「機械式の場合は製造コストの80%、クォーツの場合は60%がスイス国内で支払われる」という基準を提案していた経緯があります。

つまり「60%」という数字が甘いものだと考えているスイス腕時計業界の人たちも一定数いるということですね。特に95%以上の部品をスイス国内で製造しているマニュファクチュールである、H.モーザーのようなブランドに言わせれば「そんな緩い基準でスイス・メイドを名乗られてはスイス・メイドの価値が落ちる」ということなのでしょう。

100% スイス・メイド

スイス マッド ウォッチ

さて、前置きが長くなりましたが、今回発表された「スイス マッド ウォッチ」は、前述した「スイス・メイド(Swiss made)」表記の基準を痛烈に皮肉った、これこそ本当の「スイス・メイド」だぞという主張を全面に出した、メッセージ性の強いモデル。

H.モーザーといえど、ケース素材についてはスイス国内で調達できない場合があります。例えばスイスには金鉱がないため、ゴールドケースの材料となる「金」は輸入に頼るしかありません。また高級腕時計につきもののアリゲーターストラップも、スイス国内ではアリゲーターが飼育できないため、外国から材料を輸入して製造しています。

もちろん、原材料の金を輸入したとしても、ケース製造自体がスイス国内で行われていれば部品製造コストについては100%スイス国内で支払われるわけですので、「100% スイス・メイド」を標榜しても問題ないのですが、ここで妥協しないのがH.モーザー。

ケースの素材から完全に「100% スイス・メイド」にしてやるよということで、選ばれたのがスイスの伝統的なチーズ「ヴァシュラン・モン・ドール(Vacherin Mont d'Or)」。ちょっと待てよ「チーズ」って......

まぁそこはあえて突っ込むのをやめますが、カーボンナノチューブを用いた画期的な複合素材「ITR2®」にこの「チーズ」を配合した上で磨き上げて作られたケースは乳白色の輝き。

H.モーザーが得意とするフュメダイアルはレッド、インデックスによって「スイス国旗」をイメージさせるダイアルデザインになっています。

搭載されるムーブメントはH.モーザー自社製手巻きキャリバー「Cal.HMC 327」(29石、18,000振動/時、パワーリザーブ3日間)。「Cal.HMC 327」はスモールセコンドが付きますが、「スイス マッド ウォッチ」はシンプルな2針モデルになっています。ストラップもスイス製の牛革を使用。

限定1本の生産で、価格はスイスの建国日である西暦1291年8月1日にちなみ、108万1,291スイスフラン(日本円にすると約1億2300万円)。このモデルの売上金は、独立系のスイス時計製造サプライヤーを支援する基金の創設のために全額使用されるとのこと。

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