なぜロレックスは「特別」なのか ― その答えを解明する書籍
ロレックスを語る時、私たちは往々にして技術的な卓越性やデザインの美しさについて熱く語ります。オイスターケースの堅牢性、パーペチュアルムーブメントの信頼性、そしてあの独特の存在感。しかし、もとはスイスの小さな時計製造会社が、なぜここまでの地位を築くことができたのか。どのような経営戦略を持ってここまでの成長を成しえたのかについて多くの人はあまり深く考えたことがないかもしれません。
そんなロレックスの経営について、学術的な視点から初めて真正面から答えようとする書籍が登場しました。
『ロレックスの経営史―「ものづくり」から「ゆめづくり」へ』(大阪大学出版会)は、これまで日本国内はもちろん、海外でも本格的な学術研究の対象となることのなかったロレックスの経営史を、初めて包括的に解明する一冊です。
時計から「ステイタスシンボル」への変貌
本書の最大の魅力は、ロレックスがいかにして時計を「ステイタスシンボル」に変えたのか、その戦略的プロセスを明らかにしている点です。著者のピエール=イヴ・ドンゼ氏は、スイス、アメリカ、イギリスの一次資料を丹念に収集し、創業者ハンス・ウィルスドルフの初期キャリアから現代に至るまでの歩みを追っています。
特に興味深いのは、第二次世界大戦後のアメリカの広告代理店とのコラボレーション、そして1960年代以降の「自己成功を体現する」ブランドイメージの確立過程です。ロレックスは単に優れた時計を作るだけでなく、「夢」を売ることに成功しました。その転換点がどこにあったのか、本書は詳細に描き出しています。
技術史としても読み応え十分
もちろん、時計愛好家として気になる技術的な側面も充実しています。オイスターケースの開発過程、クロノメーターの大量生産を可能にした製造技術、そしてサブマリーナーやGMTマスターといったアイコニックモデルのデザイン秘話。これらが経営戦略と密接に結びついていたことが、本書を読むとよく理解できます。
第1部では1900年から1945年までのスイスの技術的卓越性の時代を、第2部では戦後の新しいコレクション開発期を、そして第3部では世界ナンバーワンへの道のりとラグジュアリー産業全体の変貌を扱っています。全236ページ、8章構成でロレックスの歴史を体系的に学べる構成になっています。
ラグジュアリービジネスの第一人者による渾身の一冊
著者のドンゼ氏は、大阪大学大学院経済学研究科教授で、ラグジュアリービジネス及びグローバル経営史の専門家です。『ラグジュアリー産業:急成長の秘密』や『The Business of Time: Global History of the Watch Industry』など、時計産業に関する著作も多数手がけています。ハーバードビジネススクールの客員研究員も務めるなど、国際的にも高く評価されている研究者です。
スイス生まれという出自も、スイス時計産業を語る上で大きなアドバンテージとなっています。現地の資料へのアクセス、そして文化的な理解の深さが、本書の説得力を支えています。
時計愛好家こそ読むべき一冊
ロレックスを所有している人、これから購入を考えている人、そして時計の歴史に興味がある人。すべての時計愛好家にとって、この本は必読と言えるでしょう。ロレックスが歩んできた経営の歴史を振り返ることで、それが単なる機械としての「時計」ではなく、綿密に計算されたブランド戦略と卓越した技術、そして「夢」の結晶だということがわかります。
その背景を知ることで、ロレックスを見る目は確実に変わります。そして、おそらくより一層、その価値を理解できるようになるはずです。
- Amazon で購入:「ロレックスの経営史―「ものづくり」から「ゆめづくり」へ」
目次
はじめに
第1部 スイスの技術的卓越性(1900年〜1945年)
第1章 ハンス・ウィルスドルフの初期キャリア
- スイスへの会社移転
- エグラー工場の始まり
第2章 オイスターの開発(1920年〜1945年)
- ウィルスドルフとエグラーの研究開発活動
- イノベーションの事業化
第3章 クロノメーターの大量生産(1920年〜1945年)
- ピエンヌ時計管理局との協力
- 労働運動との関係
- ロレックス製造のさまざまな市場
第4章 コミュニケーションとマーケティングのポジショニング(1920年〜1945年)
- エクセレンスのブランドとしての地位確立
- スポーツ・エクスプロイトの使用
- ブランド・ポートフォリオの構築
- ロレックスの市場拡大
第2部 新しいコレクションの開発(1945年〜1960年)
第5章 アイコニック商品のデザイン
- コーポレート・ガバナンス
- 研究開発の強化
- 生産システムの変革
第6章 主要なコラボレーションの始まり
- 技術的優越性を引き続き重視
- 権力と自己成功に関するナラティブの出現
- チューダーとブランド・ポートフォリオの管理
- 販売のグローバル化
第3部 自己成功を体現する(1960年以降)
第7章 ロレックスが世界ナンバーワンになる(1960年〜1990年)
- ロレックスのガバナンス進化
- イノベーションと製品開発
- 生産システムの進化
- 革新的なマーケティング戦略
- 販売の国際展開
- クォーツ・ショックの弱い衝撃
- 成功の代償としての偽造
第8章 ロレックスとラグジュアリー産業の変貌(1990年以降)
- 企業統合の過程
- マーケティング戦略の継続
- 世界のラグジュアリー市場でより強い存在感を示す
- チューダーの役割

