この記事は「腕時計 Advent Calendar 2016」第14日目の記事です。
腕時計業界で歴史のある老舗ブランドといえども、何ら努力せずそのブランド名にあぐらをかいているだけで生き残れるほど腕時計業界の競争は甘くはありません。社会が豊かになり、人々の消費行動が多様化し、より個人の嗜好に細かくマッチした製品が求められるようになれば、ありきたりな製品しか提供できないブランドは苦しい立場に追い込まれていきます。
さらに、近年の工作機械や加工技術の進化とコストダウンや、それによって製造が容易になった自社デザインのケースに、組み立て済みのムーブメントを搭載することで比較的容易に機械式腕時計を市場に提供できるようになったこともあり、少数製造の新興ブランドでもデザイン性やアイデア次第では一気に注目を集めることが可能になっただけでなく、今まで腕時計製造を本格的には行っていなかった有力なラグジュアリー(ファッション)ブランドも、近年は積極的に腕時計分野に進出してくるようになりました。
特に有名ファッションブランドは腕時計製造の歴史は浅くても、そのブランド力や資本力は強力で、人材の引き抜きなどによって、自社製ムーブメントを開発してしまう能力を持ったブランドも多く、歴史ある腕時計ブランドといえども、そういった強力なライバルブランドに対して、何らかの方法で差別化を図っていかなければ淘汰されてしまう厳しい状況となっています。
そこで注目されるのが、「復刻版」...... このワードは、歴史ある腕時計ブランドのみに許された、まさに強力な差別化のための武器です。
本物のヴィンテージ腕時計は難しい
復刻版の基となるオリジナルモデルは、40年~60年、またはそれ以上前という昔に製造・販売された、大変古いモデルが大半で、「ヴィンテージ腕時計」として今でも腕時計愛好家の間でコレクションされ、コンディションを保っている個体も多く存在します。
ヴィンテージと呼ばれる古い時代の腕時計には傑作・名機と呼ばれるものも多く、ヴィンテージ腕時計だけを専門にコレクションする方も多い、腕時計趣味の世界ではメジャーな分野です。
しかし、ヴィンテージ腕時計の世界は、腕時計に関する豊富な知識、コンディションや真贋を見抜く経験値などが必要な、素人がうっかり手を出すと危険な領域ですし、さらにもし良コンディションの貴重なヴィンテージ腕時計を手に入れたとしても、ちょっと怖くて普段使いは難しいかもしれません。
どんなにコンディションの良い個体でも、経年によって防水性は低下していますから気を遣いますし、頻繁に操作すれば故障の可能性も高まります。故障したり壊れてしまったときのメンテナンスは部品がそもそもないなど難易度も高いです。
そもそも人気のヴィンテージモデルで状態の良いものは価格がとんでもないことになっていて手が出ない可能性もあります。
昔の名機はデザイン的にも格好いいし憧れる、でももっと気軽にそのデザインを楽しめたらよいのに...... そんな願いを叶えてくれるのが、歴史に残る名機の「復刻モデル」ということになります。中身は最新のムーブメントなので、耐久性や精度も高い。メンテナンスも保証されているので安心して手に入れることができます。まさにいいとこ取りですね。
価格は、まぁまちまちだと思いますが、希少価値の高いオリジナルモデルよりは比較的購入しやすい価格になっていることが多いと思います。
ということで、今年発表されて個人的に気になった復刻モデルをいくつか挙げてみたいと思います。
ロンジン アヴィエーション ウォッチ Type A-7 1935
まず最初に挙げるのは、ロンジン(Longines)が発表した「アヴィエーション ウォッチ Type A-7 1935(Avigation Watch Type A-7 1935)Ref.L2.812.4.23.2」。
1935年に製造され、アメリカ陸軍航空隊のパイロットウォッチとして採用されたワンプッシュ式クロノグラフですが、特徴的なのは、腕に装着して操縦桿を握った状態でちょうど正面を向くようにずらして配置された文字盤。
後年のドライバーズウォッチなどでも見られる斜め文字盤ですが、パイロットウォッチらしく、視認性に優れた大きいアラビア数字インデックスや針、操作性の高い大型リューズなど、クラシカルなデザインと相まって非常に面白いデザインになっています。
搭載されるムーブメントは、ETA7750をベースにワンプッシュ式クロノグラフを搭載したロンジンの自動巻き「Cal.L788.2」(27石、28,800振動/時)。パワーリザーブは約54時間。
6時位置にスモールセコンドと日付表示、センターにクロノグラフの秒針、12時位置に30分積算計を搭載しています。ケース素材はステンレススティール。サイズは41mm。ブラウンのアリゲーターストラップが組み合わされます。
国内定価は412,000円(税別)。
私の場合は左利きで右手に腕時計を装着するため、残念ながらこの手の斜め文字盤のモデルは使えないのですが、デザイン的には非常に面白いし、中の機械やパッケージとしての完成度は非常に魅力的なモデルです。
ゼニス ヘリテージ クロノメトロ Tipo CP-2
個人的に今年最も気になった復刻モデルは、ゼニス(Zenith)が発表した「ヘリテージ クロノメトロ Tipo CP-2(Heritage Revival Cronometro Tipo CP-2)Ref.03.2240.4069/21.C774」です。
1960年代の初頭から、当時のイタリア海軍、および陸軍のパイロット用腕時計として採用されたこのミリタリークロノグラフは、ローマに拠点を置くディストリビューター、「カイレリ社(A. Cairelli)」を通じて 2,500本が納品されました。このことから、腕時計コレクターの間では「カイレリモデル」などと呼ばれます。
「Tipo CP-2」というコードネームが付けられたクロノグラフの初期モデルは、2つのカウンターを備え、直径43mmのケースによって高い視認性を確保しました。オリジナルモデルに搭載されていたムーブメントは「Cal.DP146」。その信頼性で、長くパイロットに愛された名機として知られています。
今回の復刻モデルに搭載されるのは、ゼニス製、自動巻き「エル・プリメロ 4069」ムーブメント(35石、36,000振動/時)。パワーリザーブは約50時間。オリジナルモデルと同様、中央にクロノグラフ針、3時位置に30分積算計、9時位置にスモールセコンドを搭載しています。
43mmサイズのステンレススチールにラバーで裏打ちしたブラックのカーフレザーストラップが組み合わされ、国内定価は910,000円(税別)。限定1,000本という、ちょっと入手は難しそうな限定モデルではありますが、エル・プリメロを搭載して、見た目が「Tipo CP-2」っていうのはマニアにとってはたまらない感じのモデルかもしれません。
タグ・ホイヤー オータヴィア 復刻モデル
これはまだ発売されていないのですが、今年の3月に開催された「2016 Baselworld(バーゼルワールド)」の期間中に、タグ・ホイヤー(Tag Heuer)は「The Autavia Cup」と名付けたオンラインキャンペーンを大々的に行っていました。
このキャンペーンは、2017年に復刻版として発表する「オータヴィア(Autavia)」のモデルをファン投票で決めようというものなのですが、その結果、復刻されることが決まったのが、このオータヴィア復刻モデル。
ベースとなるのは、1966年に発表された「Ref.2446 Mark 3」。1962年から1969年に発表されたタグ・ホイヤーの初代オータヴィアは、ヴィンテージウォッチファンの間でも人気のクロノグラフです。ちなみにこの時代のオータヴィアに関する詳しい解説記事(英語)が下記にありますので、興味のある方はどうぞ。
来年発表される復刻版オータヴィアは、デザインは当時のまま、ムーブメントにはタグ・ホイヤー社製手巻きクロノグラフムーブメント「Cal.CH80」(28,800振動/時、パワーリザーブ80時間)が搭載されるということで、最新のムーブメントによる精度と実用性を実現しながら、往年の傑作モデルのデザインが手に入るという、まさにいいとこ取りの限定モデルになっています。
まだ正式な発表がされていませんので、価格や販売本数などはわかりませんが、気になるモデルとして挙げてみました。